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Sunday, July 19, 2015

紋切り型ではない、豊かでみずみずしい、新たな言葉

拙著『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』(岩波ブックレット)で、僕は橋下徹氏を論じる文章を、このように締めくくりました。少し長いけれど引用します。

 「僕はこの数カ月、橋下氏を支持する人々と議論しながら、ある種の虚しさを感じ続けてきました。それは馬の耳に念仏を唱えているような、そういう空虚さです。自分の言葉が、驚くほどまったく相手に響かないのです。
 しかし橋下氏の言葉の感染力とその原因について考察してみると、僕を含めた批判勢力が繰り出す言葉が、氏の支持者に対して「のれんに腕押し」状態であることにも、理由があるのだなという気がしています。
 というのも、僕らが繰り出す言葉も、実はだいたい語彙が決まっているのです。「民主主義への挑戦」「独裁」「ヒトラー」「マッカーシー」「戦前への回帰」「憲法違反」「思想良心の自由」「人権を守れ」「恐怖政治」「強権政治」などなど……。
 こうした言葉は、それらを好んで発する人間にとっては、強い感情を喚起しうる強力な言葉です。これらの言葉を橋下氏やその支持者に投げかけるとき、僕らはまるで最強のミサイルを撃ち込むかのように、「どうだ、参ったか?」という気持ちで発するのです(『世界』を愛読する方の多くはそうではないでしょうか)。実際、たぶん一九七〇年代くらいまでは、例えば「思想良心の自由」という言葉は、まるで水戸黄門の印籠のように、それを発しさえすれば誰もが条件反射的にひれ伏してしまうような、強力な殺し文句でありえたのではないか(といっても僕は一九七〇年に生まれたので、実際のところはよく分かりませんが)。
 しかし時代は変わり、橋下氏とその支持者に「思想良心の自由を守れ」とか「恐怖政治だ」などという言葉を浴びせても、彼らはびくともしません。「だから何?」という調子で、面白いくらいに効き目がありません。コミュニケーションが成立しないのです。そして、様々な世論調査で橋下氏の支持率が過半数である以上、かなり多くの日本人が、僕らが繰り出す「黄門様の印籠」には反応しなくなっていると推定できるでしょう。
 おそらく彼らにとっては、これらの言葉はすでにリアリティを失い、賞味期限が切れてしまっているのです。したがって感情を動かしたりはしないのです。彼らは、例えば君が代の問題を語る際にも、「思想良心の自由を守れ」よりも、「公務員は上司の命令に従え」というフレーズの方に、よほど心を動かすのです。僕個人としては、極めて由々しき事態であると思います。 とはいえ、彼らを責めてばかりもいられません。
 考えてみれば、実は僕らにも戦後民主主義的な殺し文句に感染し、むやみに頼りすぎ、何も考えずに唱和してきた側面があるのではないでしょうか。つまり橋下氏の支持者たちと、同型の怠慢をおかしてきた可能性はないでしょうか。そして橋下氏の支持者たちは、僕らが繰り出す言葉からそのような臭いを敏感に嗅ぎ取っているからこそ、コミュニケーションを無意識に拒絶している。僕にはそんな気がしてなりません。
 もちろん、民主主義的な価値そのものを捨て去る必要はありません。むしろ、ある意味形骸化してしまった民主主義的諸価値を丹念に点検し、ほころびをつくろい、栄養を与え、鍛え直していく必要があるのです。
 そのためには、まず手始めに、紋切り型ではない、豊かでみずみずしい、新たな言葉を紡いでいかなくてはなりません。守るべき諸価値を、先人の言葉に頼らず、われわれの言葉で編み直していくのです。それは必然的に、「人権」や「民主主義」といった、この国ではしばらく当然視されてきた価値そのものの価値を問い直し、再定義していく作業にもなるでしょう。
 橋下氏や彼を支持する人々をコミュニケーションの場に引きずり出し、真に有益な言葉を交わし合うためには、おそらくそういう営みが必要不可欠なのだと思います。」

 ここで論じたのは橋下氏についてですが、それを安倍首相に置き換えても全く同じことが言えると思います。
 そういう観点からすると、いまの学生主体の運動には目を見張るものがあります。たとえば下に紹介するSEALDsKANSAIのともかさんのスピーチなどは、まさに「紋切り型ではない、豊かでみずみずしい、新たな言葉」のように思いました。それを自然体でさらりとやってのけている。とても素晴らしいと思います。

【スピーチ全文掲載】SEALDsKANSAIともかさん
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/253905

1 comment:

  1. 先日の講演会にて本書を購入しました。第3章に出てくる「消費者民主主義」という言葉、すごく腑に落ちました。政治的無関心の根っこには消費者として慣れ親しんだ受け身の姿勢があるというご指摘になるほどと思いました。教育もサービスとみなされるようになっていますが、政治もそのアナロジーで考えると確かに説明がつくところが多そうです。最近とある出来事に遭遇して、考えることを放棄しようとするのはなぜなのだろうという疑問があったのですが、完成された商品(「答え」)を待っているということもその理由のひとつかもしれないと思いました。この箇所以外もいろいろと参考になりました。他の人とも一緒に読んでみようと思います。

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